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zoom RSS 『古典の臨書について』

<<   作成日時 : 2010/06/04 14:00   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 1 / コメント 4

浅学な私が、臨書について語るなんて、大変おこがましいことです。
ですから、あくまでも私見として、私の臨書感をちょっとだけお話させていただきます。


そもそも、私にとっての『古典の臨書』は、書のトレーニングの一つであり上手に臨書が出来るようになること自体が目的ではありません

つまり、古典を学び、それを自分の栄養とし、創作作品(自分なりの書表現)を書くための礎にしたいと思っているわけです。
自分なりの書の表現(創作作品を含む様々な書)が書けるようになることこそが目標です。

古典の礎に自分なりの感性をプラスし、魅力的な作品を書ける様になることを目標にしています。

ただし、あまりにも自分の感性にのみ偏った作品作りは、作品が独善的になったり、デザイン的になったり…、『書道』というカテゴリーから逸脱してしまう恐れがあります。
そうならないためにも、古典を学ぶことが必要になってくるのかもしれません。


古典を学ぶ際には、まずは法帖(お手本)をよく観て、文字の特徴(起筆・収筆の形、線の太細、バランス、空間etc…を真似します。そして、筆遣いや筆者の息遣いを学びます。

法帖を観ただけで、それが出来れば良いのですが、それにはかなりの観察力・洞察力が必要に思います。(私なんかにはなかなか出来ません)
そこで、まずは書いてみるわけです。
書いてみてお手本と比べてみると、いかに自分が『見ているだけで観ていない』のがわかります。

ただし、あまりに形にばかり気をとられると、書くリズムや線の質に影響します。
少し書きなれてきたら、あまり形にこだわらずリズム良く書く練習もしています。



さて、書のトレーニングの一つとして『臨書』のお話してきましたが、
臨書そのものを作品として書き上げることも無いわけではありません。
団体によっては、それこそを熱心にやっている団体もあるでしょう。

私が参加している競書誌にも『創作作品』の他に『臨書作品』という課題があります。(半切に二行書き)

作品と言うことは、鑑賞の対象となるわけですから、どのように作品として魅せるか?!ということも考えなくてはなりません。
法帖に忠実に書くのも一つのやり方と思います。
また、法帖の特徴を生かしつつ、墨の潤渇や文字の太細に変化をつけ、字形よりも書きぶりやその線質で魅せるというのも面白いと思います。


最初に、『臨書が上手くなることが目的ではない』と書きました。
ただし、遥か昔から名人!上手!と言われてきた人達の書を学ぶわけですから、上手く書けたときなどは、自分が上手くなったように錯覚して、ちょっっぴり嬉しくなります。だから、続けているのかな〜。 


もし私が、後輩にアドバイスするなら、
あまり難しいことは考えずに、ああ!この字素敵だな〜と思うお手本があったら、それを書き写してみれば?!
ということ。

それだけでも、清々しい気持ちになれるかもしれません。


以上、思いつくまま、書いてみました。
乱文にて失礼します。




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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
ありがとうございました。「書のトレーニング」私なりに臨書の態度というか気持ちの在り方がわかったような気がします。もしまた法帖を開き筆を持つ機会があれば、今度はもっと楽しく学べるかな?
白い紙に墨を置く時の書き直しのできないあの緊張感、とても好きです。
さくら
2010/06/04 17:01
あくまでも現在の私の臨書に対する考え方です。『ああ、こういう考え方をする人も中にはいるんだ』…程度の認識でいて下さい。
それは、今後勉強を続けていけば、私自身が『古典の臨書』に対し違った考えを持つようになるかもしれないからです。
書道を続けていると、『楽しい』ばかりではありません。つらいこと、苦しいこと、悔しいことなど多々あります。ですが、それを上回るくらい楽しみもあるので、私は書道を続けていられるのかな〜?!
景牙
2010/06/05 11:48
お久しぶりです(^-^*)/
臨書に対する考え方、同感です。
臨書は、一言で言うと【肥やし】ですね。
【肥やし】が良くないと、良いもの(作品)はできません。
んで、いままでの私はというと、多分良くない肥やしを懸命に作っていた気がします。
これからしっかり改良していかないと、花も実もつかないまま枯れちゃうかも…(◎◇◎;)/゜。!!!
この話、あとでトラバさせていただこうと思ってます。よろしく('ー^)b
桃童
2010/06/09 17:05
お久しぶりだす〜。
私は、桃童作品には花も実もあると思いますよ…(いや、お世辞じゃなくて!)
私の場合は基礎力不足を少しでも埋めるためにも、古典の臨書をしていきたいと考えます。
でも一方で、あまりに古典偏重的学習をしていくと、独自の感性や創作力が弱まったり…なんて妙な心配も。
まあ、いずれにしても練習不足ですから(笑)、あまり難しく考えないで、臨書も創作も書きたいと思うものを『一枚でも多く書く』よう努力したいですね。
景牙
2010/06/10 10:58

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